「介護した嫁」も相続可能に
長生き老妻の不安を、住まいの確保で解決
民法で定められている相続のルールが変わりそうだ。高齢化など時代の変化に合わせるのが狙いで、相続関連の大規模な改正は約40年ぶりとなる。弁護士の武内優宏氏は「実情に合わせたいい内容」と評価する。主なものは3つだ。
1つ目は「自筆証書遺言」の制度変更。自筆証書遺言は、手書きで簡単に遺言を書けるのがメリットだが、全文を自筆しなければならず、高齢者には負担が大きく、不備があり無効とされるケースも多い。今回の改正では、要件が緩和され、財産目録をパソコンで作成できるようになる。家族の協力などにより、簡単に自筆証書遺言を作成できるようになるわけだ。
保管制度も設けられる。自筆証書遺言は、作成した本人が保管するのが一般的であるため、相続手続き後に発見されて遺産分割協議がやり直しになることもあった。改ざんや隠匿の可能性も排除できない。そこで、全国の法務局が保管し、相続人が遺言の有無を確認できるようになる。さらに、自筆証書遺言を開封する前に相続人が立ち会って家庭裁判所で検認を受ける必要があったが、法務局に預けた場合は不要だ。
「改正で手軽になり、遺言を書く人が増えればトラブル防止に役立ちます」(武内氏)
2つ目は「配偶者の保護」。相続が発生した際、たとえば相続人が配偶者と子どもなら、配偶者の法定相続分は2分の1となる。仮に相続財産が評価額2000万円の自宅と預貯金2000万円だったとしよう。配偶者が自宅を選ぶと預貯金を相続できなくなる。この経済的な不安を解消するために「配偶者居住権」が創設されることになった。
自宅の権利を居住権と所有権に分離し、配偶者が居住権を相続すれば、自宅に住み続けられる。居住権の評価額は、平均余命などを基に計算される見込みだが、自宅を丸ごと相続するよりも大幅に下がるので、その分、預貯金の相続を増やすことができる。先の例で居住権が1000万円、所有権が1000万円だった場合、配偶者が居住権を選択しても1000万円の預貯金を手にできるわけだ。
課税関係を見てみよう。相続は、最初に父親が亡くなり(一次相続)、次に母親が亡くなる(二次相続)ケースが多い。二次相続では、一次相続で利用できる配偶者控除や配偶者分の基礎控除を利用できないため、税額が高額になるのが一般的。そこで、節税対策を考える場合には、一次相続と二次相続のトータルで税額を考えるのがセオリーだ。しかし、税理士の内田麻由子氏は「この考え方が不幸を招くこともあります」と指摘する。
二次相続の税金を減らすためには、一次相続で財産をできるだけ子どもに移したほうが有利になる。そのため、自宅を子どもが相続して節税するケースがある。ただし、この対策を実行すると母親は子ども名義の家に居候するような形になり、肩身の狭い思いをする。さらに、自宅を相続した子どもが金銭的に困窮した場合には、自宅を売却することにもなりかねず、母親が住む場所を失う可能性がある。今回の改正では、所有権が第三者に売却されても、居住権は母親が亡くなるまで守られるので安心できる。
非嫡出子(結婚していない男女間の子ども)が相続権を主張するケースや、子どもがおらず、故人の両親が他界していてその兄弟姉妹が相続人となるケースで、自宅を売却して遺産分割をしなければならない場合でも、配偶者が居住権を相続すれば、住む場所を失うことはない。ただし、居住権の売買はできない。
配偶者関連の改正はもう1つある。結婚期間が20年以上の夫婦の場合、遺言や生前贈与で配偶者が自宅を取得すると、自宅は遺産分割の対象から外される予定だ。現行法では自宅を生前贈与されていても、相続が発生したときには遺産分割の対象となる。今後配偶者は、自宅を確保したうえに、別途、預貯金などを相続することが可能になる。
「この場合は配偶者に多額の財産が残るため、二次相続の税額が高額になりがちなので慎重に検討してください」(内田氏)
もめごとは、「遺言」で防止できる
3つ目は、相続人以外が故人の介護などに貢献した場合、相続人に金銭を請求できるようになる「特別貢献の優遇」だ。現行法でも故人の財産の維持や増加に特別な貢献をした場合には、寄与分が認められるケースがあるが、「ただ、子が親の面倒を見るのは当たり前という考え方があり、ふつうに介護していたというだけで寄与分が認められることはほとんどありません」と武内氏は指摘する。
しかも、寄与分が認められるのは相続人のみで、相続人ではない長男の妻などは対象外だった。改正後は故人の親族にも寄与分の請求が認められる。この場合の親族とは配偶者、いとこや孫などの6親等以内の血族、義母や子の配偶者など3親等以内の姻族が対象となる。
「この制度はもめごとを激化させる恐れがあります」(武内氏)
遺産分割では、配偶者など相続人以外からの横やりでもめごとが大きくなる傾向にある。現行法では相続人以外は直接、権利を主張できなかったため、ある程度はシャットアウトできた。しかし、寄与分を主張する権利が認められれば、寄与分を主張する親族は、相続人との協議がうまくいかない場合、家庭裁判所に財産の分割を請求することができるようになる。
「さまざまな相続制度が改正されますが、もめごとを防止する最善策は遺言であることを忘れないでください」(武内氏)
遺言を書けば、配偶者の住む場所も確保でき、介護をしてくれた親族に財産を残すこともできる。ただし、“自己流”の遺言はもめごとの元。効果的な遺言を残すには専門家のアドバイスが欠かせないことも心得ておこう。