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高齢者に「御用聞き」 相続需要取り込む

公開日:2018年07月27日 カテゴリー:コラム, 未分類 タグ:

大手証券会社が、高齢の顧客に特化した営業担当者を支店に配置し始めた。営業といってもリスク商品の販売は主体的には行わない。何でも相談に応じる「御用聞き」に徹し、高齢者やその家族と信頼関係を構築することで、相続関連など高齢者ならではの需要を取り込むのが狙いだ。

 

金融資産の3割保有

 「勧めていただいた長野県松本市の美術館に行きましたよ」。野村証券渋谷支店の四宮沙織さん(30)は来店した男性(85)に笑顔で語りかけた。男性は東京都内で妻と2人暮らし。長年、同社の口座で株式を保有している顧客だ。

 この日は旅行や絵画の話ばかりで、金融商品の話題はなかった。四宮さんは「何でも相談に乗るのが役目。こちらから商品を勧めることはない」と話す。

 四宮さんは野村が昨年4月に設けた高齢者専門の担当者「ハートフルパートナー」の一人だ。全国の支店に計150人が配属されている。顧客と長く付き合えるようにと、転勤のない職種の社員が基本で、毎日、顧客の自宅を回るなどし、信頼関係を築いていく。

 証券会社の顧客の多くは、富裕層の高齢者だ。ニッセイ基礎研究所の井上智紀主任研究員の試算では、個人の金融資産は2017年末に1800兆円弱あり、そのうち約3割を70歳以上が保有する。蓄えた資産を次の世代にどう引き継いでいくか。顧客の関心は高い。

 

 証券会社にとってもビジネスチャンスだ。誰に何をどの程度引き継ぐのか。相続税はいつ、いくらを支払うのか。個々の資産状況に応じて助言する。グループの信託銀行などとも連携して、遺言書作成や遺産整理などにも対応する。

 高齢者の代だけで終わらせず、次の世代とも取引を続けていくことが目標だ。短期的な利益を追わず「じっくりと信頼関係を築いていくことが重要」(野村の片岡一浩・部店サポート部課長)というわけだ。

 同業他社にも同様の動きがある。大和証券は昨年10月、営業経験豊富な約40人を全国に配置。みずほ証券も昨年12月に専従担当を新設し、現在の17人を今年度中に75人に増やす計画だ。

 高齢者に対して丁寧に対応するのには、業界全体の信頼向上を図る狙いもある。証券業界では強引な勧誘や説明不足などの問題が表面化。日本証券業協会は13年、75歳以上の高齢者に商品を販売する場合、担当者とは別の役職者が投資の意思や健康状態を確認し、会話を記録するルールを設けた。煩雑な手順やトラブルを避けようと、営業担当者は高齢の顧客への接触を避けるようになった。

 ただ、高齢者のトラブルがなくなったわけではない。金融関係の法律に詳しい早稲田大法学学術院の黒沼悦郎教授は、日証協のルール順守に加え「高齢者が家族といる際に説明するなどの工夫が必要だ」とさらなる改善を求めている。【古屋敷尚子】

 

 【キーワード】相続ビジネス

 株式や預金、土地などの資産保有者が死亡する前後に、妻や子供などの相続人に資産を移すのを手助けする業務。証券会社本来の役割は、株式の口座移管や、相続税が有利になる保険商品の販売などに限られるが、グループの金融機関と連携し、さまざまなサービスを展開している。例えば野村ホールディングスでは、遺言作成の依頼があれば野村信託銀行、土地の相続があれば野村不動産につなぎ、手数料収入を得る。

 2025年には「団塊の世代」が70歳代後半となり「大相続時代」を迎える。このため「相続コンサルタント」などの専門職を設け、相談しやすい環境を整えている証券会社もある。相続を機に、他社に資産が流出する懸念もある。

毎日新聞